ということで、今日のNHK教育で三木清が特集されるそうなので、私もブログで三木清特集をしたいと思います!
治安維持法を理由に逮捕されて、終戦の1か月後に獄死するという悲劇の哲学者である三木清。
彼の死後に発表された『人生論ノート』は、戦後すぐのベストセラーになりました。
大学時代に私も彼の著作にはまり、全集を読んだこともあります。
今回紹介するのは、前述の『人生論ノート』の中の虚栄に関する場面です。
人間はどうにかして自分の存在を大きいものにしてやろうと思う。
三木は「虚榮は人間的自然における最も普遍的な且つ最も固有な性質である。虚榮は人間の存在そのものである。人間は虚榮によつて生きてゐる。虚榮はあらゆる人間的なもののうち最も人間的なものである。」と語り、虚栄が人間の本質であると考えました。
虚栄というフィクションによって、人間社会は構築されて、栄華を誇る。
「すべての人間の惡は孤獨であることができないところから生ずる。」
虚栄は人間を孤独にさせることはできない。ゆえに人間を苦しめる。
では、虚栄から解放されることが幸せになるはずですね。ですが、虚栄は人間そのものであり、それを切り離すのは難しい。だから人間の生き方は苦しい。
ならば、創造をすればいい。彼はそう考えました。
「創造的な生活のみが虚榮を知らない。」
この創造という用語は解釈が難しいです。ただ、続く嫉妬の章に、
「嫉妬からは何物も作られない。人間は物を作ることによつて自己を作り、かくて個性になる。個性的な人間ほど嫉妬的でない。」
という文章があります。
嫉妬というのは、人間の孤独を邪魔する悪的存在です。しかし、自己というものを創造し、それを確立してしまえば、人間はしがらみという悪から解放される。
つまり、「虚栄という人間的な苦しみから解放されるためには、自己の確立(創造)が最も重要だ」と言っているわけです。
自分をしっかり持つ人間が苦しみから最も遠い存在。この本を読んだときに自分はちょっと感動しました。
そんなわけで、ちょっと変な人生を謳歌しているわけですね(笑)
すこし独自解釈は入っていますが、自己をしっかりもつというのは生きる上で最も楽になる方法です!!